安全文化のアンケート調査と構造方程式モデリング

    安全文化 質問紙調査

    はじめに

    背景と目的

    医療・製造・航空・鉄道など安全が重視される領域において、「安全文化」は事故やヒューマンエラーを未然に防ぐための組織的基盤として注目されてきた。とりわけ、組織における価値観・信念・行動様式を可視化し、改善への方向性を導くために、安全文化の定量的評価が求められている。その方法として質問紙調査が広く活用されており、さらに因果関係の解明を目的として構造方程式モデリング(SEM: Structural Equation Modeling)の応用が進んでいる。

    本稿では、安全文化を評価するための質問紙調査の構築およびデータ分析において、SEMをどのように効果的に活用できるかについて論じる。さらに、実際の調査事例とモデル設計例を提示し、安全文化の実態把握と改善に資する科学的アプローチのあり方を考察する。


    安全文化に関する理論的枠組み

    安全文化の定義と構成要素

    多次元的視点

    安全文化とは、組織内における安全に関する共有された価値観、信念、態度、規範を意味する概念であり、1980年代後半に原子力発電分野で導入された(Reason, 1997)。近年では以下のような下位次元で構成されることが一般的である:

    • リーダーシップと経営層のコミットメント
    • チームワークと協働
    • 情報共有とコミュニケーション
    • 心理的安全性
    • 報告文化と公正文化
    • 学習志向と改善行動

    質問紙調査による評価手法

    質問項目の設計と信頼性確保

    安全文化の質問紙は、上記の下位概念ごとに複数の設問を構成することで、多次元的に組織の安全性を測定する。たとえば、Likert尺度(5段階または7段階)で評価し、内部一貫性(Cronbach’s α > .70)や構成概念妥当性(CFAによるモデル適合度)を確認する。


    構造方程式モデリング(SEM)の理論と応用

    SEMの概要

    構造方程式モデリングとは、観測変数と潜在変数の関係性を統計的にモデル化し、因果構造を検証する手法である。特に安全文化のように抽象的かつ多因子的な構成をもつ概念の分析に有効である。

    モデル構築の手順

    1. 測定モデル(Confirmatory Factor Analysis)

    • 各下位因子が複数の質問項目とどのように関連しているかを測定。
    • 適合度指標(CFI > 0.90、RMSEA < 0.08 など)に基づき評価。

    2. 構造モデル

    • 潜在変数間の因果関係を定義。
    • たとえば「リーダーシップ」→「心理的安全性」→「報告文化」といった仮説経路を設定。


    実践事例:医療機関における安全文化調査

    調査概要

    • 対象:中規模医療機関(職員数約300名)
    • 回答数:有効回答231件(回収率77%)
    • 質問項目数:36問(10下位文化 × 各3-4問)
    • 分析方法:AMOSを用いたCFAおよびSEM

    結果の要約

    表1:主な因子間の標準化推定値(構造モデル)

    因子心理的安全性報告文化学習志向
    リーダーシップ0.72***0.55***0.48***
    チームワーク0.64***0.49***0.42**
    心理的安全性0.60***0.51***

    *** p < .001, ** p < .01


    比較分析:製造業との対照調査結果

    製造業における調査概要

    • 対象:大手製造企業(従業員数1,000名超)
    • 回答数:有効回答612件(回収率61%)
    • 質問項目数:36問(構成は医療と同一)
    • 分析方法:同様にAMOSによるSEM実施

    表2:製造業における因子間の標準化推定値

    因子心理的安全性報告文化学習志向
    リーダーシップ0.63***0.51***0.47***
    チームワーク0.58***0.46***0.41**
    心理的安全性0.56***0.49***

    業種比較の考察

    • 医療機関の方が「心理的安全性」へのリーダーシップの影響が強く現れる一方、製造業では全体的な効果量は若干抑制されていた。
    • 医療現場では感情労働や専門職間の協働が重視されることから、心理的安全性の役割が相対的に大きいと解釈される。

    考察と提言

    分析結果の解釈

    SEMを用いることで、安全文化の各下位次元が単なる相関に留まらず、階層的・因果的関係を持つことが明確化された。これにより、安全文化改善の優先順位や具体的介入の方向性を科学的に導出できる。

    組織への実務的示唆

    • リーダー層の行動様式を改善することで、心理的安全性を介して他の文化要素へ波及効果が期待できる。
    • 質問紙設計段階からSEMを前提とした構造的視点を取り入れることで、より精緻な文化評価が可能となる。
    • 業種ごとに影響構造が異なる可能性を踏まえ、産業特性に応じたモデル構築が望まれる。

    結論

    安全文化は組織の安全パフォーマンスに直結する重要な基盤である。本稿では、質問紙調査による定量的把握と、構造方程式モデリングによる因果構造の明示という2つのアプローチを統合することで、安全文化の多次元性とその内在的構造を明らかにする方法を提示した。

    今後は、縦断的データによるモデル検証や、業種横断的な比較研究の展開が期待される。


    参考文献

    Reason, J. (1997). Managing the Risks of Organizational Accidents. Ashgate.

    Guldenmund, F. W. (2000). The nature of safety culture: A review of theory and research. Safety Science, 34(1-3), 215-257.

    Zohar, D. (2010). Thirty years of safety climate research: Reflections and future directions. Accident Analysis & Prevention, 42(5), 1517-1522.

    Kline, R. B. (2016). Principles and Practice of Structural Equation Modeling (4th ed.). Guilford Press.

    Hair, J. F., Black, W. C., Babin, B. J., & Anderson, R. E. (2019). Multivariate Data Analysis (8th ed.). Cengage Learning.

    Flin, R., Mearns, K., O’Connor, P., & Bryden, R. (2000). Measuring safety climate: Identifying the common features. Safety Science, 34(1-3), 177-192.

    安全文化の醸成とアンケート調査の必要性

     

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